近衛内前と「可愛」
菓子を愛し、銘をつける
近衛内前(このえうちさき・1728~85)は、関白・摂政そして、公家の最高位、太政大臣を務めた江戸時代中期の人物です。要職につき、幕府との交渉などで心労が多かったと想像されますが、一方で虎屋の菓子を好み、銘をつけることを楽しんでいたような一面もありました。
いただいた御銘の代表が、小さな饅頭の入った子持ち饅頭の「蓬が嶋」。このほか、天明3年(1783)「近衛様御銘御菓子扣帳」(このえさまぎょめいおかしひかえちょう)には、「更衣」「利木饅」など、計32もの趣のある御銘が記されています。これほど多くの御銘を残したのは、内前のみといえるでしょう。
「可愛」の謎
「可愛」も御銘の一つで、銘を清書した折紙や覚書があり、安永6年(1777)8月20日に頂戴したことがわかっています。当時の製法は不明ですが、先の控え帳に「山の芋おろし」とあり、山芋を生地とした薯蕷製の棹物(羊羹のように棹状にして作る菓子)として伝わっています。
見た目や質感は、鹿児島銘菓の「かるかん」に似ていますが、なぜこの銘がつけられたのでしょう。白が純真無垢を連想させたから?など、今まであれこれ考えられてきましたが謎でした。そうしたなか、有職故実に詳しい方から、御所人形の連想ではとのお話をいただきました。
御所人形とは江戸時代に京都で誕生し、宮中で愛された、子ども姿の人形のこと。頭が大きく、ふっくらした体形で、胡粉を塗り、磨き上げた白い肌は艶やかです。感性豊かな内前が、真っ白な生地から、あどけなさの中に気品漂う人形の表情や姿を思い出し、「可愛」と名付けたと考えるのは、自然のように感じられます。見るものを和ませ、ほほえませてくれる御所人形。「可愛」に秘められた内前の人形への想いを想像したくなります。
*有職御人形司 伊東久重家について
享保年間(1716~35)から、京都にて人形制作に携わり、明和4年(1767)に後桜町天皇より「伊東久重」の名を拝領。その名と技は十二世久重氏、さらに 久重十三世嗣である長男・庄五郎氏まで、変わることなく連綿と受け継がれている。
2023年1月12日(木) ~22日(日)にセイコーハウス銀座 6階セイコーハウス銀座ホールにて、「伊東久重御所人形展―都のにぎわい―」が開催されます。ぜひご覧くださいませ。
※連載「歴史上の人物と和菓子」を元にした書籍 『和菓子を愛した人たち』(山川出版社、2017年)が刊行されております。そちらも是非ご一読くださいませ。
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