島崎藤村と餅

2024.03.28


参考:よもぎ餅(虎屋菓寮の季節メニュー)

児童文学に寄せる思い

島崎藤村(しまざきとうそん・1872~1943)は、旧中山道の馬籠宿(まごめじゅく・現在の岐阜県中津川市馬籠)生まれの詩人、小説家です。自身の体験を題材にした『破戒』や『夜明け前』が有名で、自然主義文学を代表する作家と評されています。しかし、その一方で児童文学にも力を入れ、幼少期の思い出を綴る短編集『幼きものに』『ふるさと』などを発表していることは意外に知られていないかもしれません。

藤村は9歳の秋に東京・銀座に出るまでは、馬籠で四季折々の自然の恵みを感じながら過ごしていました。大人になって思い出を書き残したのは、日々の食べ物や遊び道具を手作りする貴さ、加えて暮らしの知恵を次世代の子どもたちに伝えたいという、父親としての思いもあったことでしょう。

郷愁漂う餅の数々

前述の作品及び『幼き日(ある婦人に与うる手紙)』を含めて、幼年~少年時代を語る藤村の作品の中には、飴や金平糖、羊羹ほか菓子が随所に出てきます。なかでも餅類は、正月の餅、お祖父さんの好きな「ご幣(へい)餅」※1、晩秋の朝の食べ物のひとつだった「芋焼餅」※2など、さまざま。

春ならではの草餅も記憶に残るもののひとつだったのでしょう。日の当たった田んぼのそばで蓬を摘むのは楽しみで、家に持ち帰り、臼で搗(つ)き、草餅にしたそうです。また、11歳頃に銀座の寄宿先の家で草餅を作ったときを回想し、「草餅の香気(におい)などを嗅ぐほど可懐(なつか)しい思をさせるものが有りませんでした」と書いています。都会では田舎ほど蓬が採れないので、「青いシコシコとしたのは出来ません」と言い切ったり、故郷の母は掌(てのひら)ではなく、小皿の上で餅を延ばしたと、違いに触れたり、草餅がそれだけ藤村にとってかけがえのない菓子だったことを感じさせます。

餅と人生

亡くなる3年前、藤村は自己の童話をまとめようと、『力餅』と題した短編集を著しました。力餅とは峠の茶店で出され、旅人の助けとなる餅(多くはあんころ餅)のこと。一生の間にはいくつもの峠があるとし、「この小さな本は、わたしが皆さんのために用意した力餅で、ほんのこころざしばかりの贈り物なのです」と記しています。
藤村の作品を振り返ってみると、力餅のみならず、草餅ほか故郷の餅すべてが彼の人生を癒し、力づけていたように思われます。

※1平たく握った小さなおむすびを2~3個串にさし、胡桃醤油をかけ、炉の火で焼いたもの。
※2『力餅』によれば、おもにそば粉を用い、里芋の子を混ぜ、握って炉の火で焼いたもの。


※連載「歴史上の人物と和菓子」を元にした書籍 『和菓子を愛した人たち』(山川出版社、2017年)が刊行されております。そちらも是非ご一読くださいませ。

参考文献

「幼き日(ある婦人に与うる手紙)」(『現代日本の文学5 島崎藤村集』 学習研究社 1969年)
『力餅』(『日本児童文学大系』第9巻 ほるぷ出版 1977年)
島崎藤村『ふるさと 少年の読本』ネット武蔵野 2003年

餅については、以下でも取り上げています。詳しく知りたい方は、ぜひご覧ください。
機関誌『和菓子』31号 特集「餅」

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