佐藤春夫とお汁粉

2024.07.31

 

参考:とらやのお汁粉

門弟三千人

佐藤春夫(さとうはるお・18921964)は、大正から昭和を中心に活躍した詩人、小説家です。開業医の家に生まれ、明治43(1910)に慶應義塾大学に入学すると、『三田文学』『スバル』に詩や評論を発表。大正7年(1918)、小説『田園の憂鬱』で文壇の注目を集めました。また、井伏鱒二、太宰治をはじめ多くの門人を持ち、「門弟三千人」とも称され、文人に慕われていたことも知られています。 

飲料のはなし

幻想的な作風で知られる春夫ですが、老境に入りつつあった昭和31年(1956)、面白い随筆も残しています。『暮しの手帖』に発表した「飲料のはなし」で、少年の頃から「わたくしの体は四季を問はず何日もつねに飲みものを要求してゐる。夏になると特に甚しい」とし、飲み物について綴っています。

たとえばラムネ。112歳の頃、友人の家が経営するラムネ工場で飲ませてもらった、できたてのラムネは「花火やなどと同じ類の、何かたのしい味」だったと回想しています。シュワッと弾ける清涼感ある味わいが思い浮かぶ表現ですね。自宅でも、当時高価だったサイダー、ジンジャーエールを楽しむなど、医者の家に生まれた彼の裕福な暮らしぶりが想像できます。

一流のお汁粉の作り方?

60歳を過ぎた執筆時の「日常の飲料」としては、人参と林檎の自家製ジュースや、ミキサーにかけた夏みかんを牛乳に混ぜたものなどを挙げています。

家庭用ミキサーは、生ジュースが身体に良いとして流行したことで、昭和20年代後半から急速に広まりました。春夫もいろいろ試みた結果、牛乳に混ぜる夏みかんにはミキサーが良いとし、一方で「ミクサーでは味が出ない」からと、ジュース作りにはおろし金を使わせていたそう。食材によって道具の使い分けをしています。

 さまざまな食材で試行錯誤をし、ミキサーを熟知した春夫はさらに「さすがは文明の利器(?)工夫によつては面白い用法」があると書いています。それは何かというと、小豆や砂糖なしで「即座に第一流のおしる粉をこしらへる妙術」。期待が膨らむその方法は、なんと羊羹をミキサーにかけてお湯で溶くというものでした!「羊羹は上等ほどよろしい」としているので、何度も作っていたのでしょう。アイディアの結晶であるお汁粉を試してみたくなります。

*連載「歴史上の人物と和菓子」を元にした書籍 『和菓子を愛した人たち』(山川出版社、2017年)が刊行されております。そちらも是非ご一読くださいませ。

参考文献

「飲料のはなし」青空文庫より
江原絢子 東四柳祥子 編『日本の食文化史年表』吉川弘文館 2011年

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