豊臣秀長と薄皮饅頭
参考図版:江戸時代の饅頭店『酒餅 2巻』寛文年間(1661~73)頃刊 国立国会図書館蔵
豊臣政権を支えた弟
豊臣秀長(とよとみひでなが・1540~91)は、豊臣秀吉の弟として、兄の天下統一に寄与した、秀吉の片腕的存在でした。大和郡山城を拠点に100万石を超える大大名でもあり、大和大納言と称されますが、秀吉に先立つこと7年、52歳で病没しています。
秀長の茶の湯の菓子
秀長は郡山や京都の聚楽第(じゅらくだい)で客を茶の湯でもてなし、みずから茶をたてています。秀長の茶会では、名だたる茶道具が使われる一方、菓子の方は、牛蒡、生栗などかなり素朴です。
この頃、菓子といえば主に木の実や果物のことで、貴重な輸入品であった砂糖を使ったものは、まだ珍しい存在でした。見た目が美しく、「友千鳥」「花菖蒲」など優雅な銘を持つ菓子が登場するのは約100年後、1600年代後半のことです。
献上された薄皮饅頭
天正16年(1588)10月6日、秀長は郡山において、奈良の塗師屋(ぬしや)で茶人の松屋久政ら4名より茶と菓子を献上されました。箱に「ウスカワ」つまり薄皮饅頭と、蜜柑、金柑それぞれ10個を詰めており、目にも鮮やかな色彩である上に、箔を置いて進上したという記述から、金箔で豪華に装飾されたとも想像できます。天正18年9月18日には、毛利輝元の屋敷を訪れた秀吉に出された菓子として、薄皮饅頭とともに金で飾られた柿枝や胡桃の記録があり、見た目を華やかにするために、食物に金を使うことがあったと思われます。
薄皮饅頭は、後年編纂の『日葡辞書(にっぽじしょ)』(1603)に、皮が非常に薄く、砂糖がたくさん入っている饅頭の一種とあり、どのような餡が入っていたかは不明です。秀長の感想も伝わっていませんが、金箔の輝きと黄金色の柑橘類、そして饅頭という、おいしく美しい贈り物をきっと喜んだことでしょう。
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参考文献
『茶書古典集成2 松屋会記』 淡交社 2024年
『天正十八年毛利亭御成記』
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