紫式部と亥の子餅

2022.11.18
亥の子餅(再現)

『源氏物語』に登場する菓子

『源氏物語』は1000年以上前、紫式部が執筆した54帖に及ぶ長編小説です。主人公の光源氏ほか400人以上の登場人物、貴族たちの華やかな生活、人間模様は今なお人々を魅了し続け、世界的な評価も高く、日本の文学史上最も有名な作品のひとつといえるでしょう。
作者の紫式部(むらさきしきぶ)は中流貴族の出身で、一条天皇の后・藤原彰子(988~1074)に仕える女性でした。これだけの大作を書き上げながらその生涯はわからないことが多く、本名や生没年は不明、もちろんどのような菓子を食べたかという記録は残っていません。しかし『源氏物語』には「椿餅」などの菓子がいくつか登場し、本人も口にしたのではと推察できます。
例えば「葵」の帖では、檜の折箱(檜割子・ひわりご)に入った「亥の子餅」について書かれています。亥の子餅は、亥の月(旧暦10月)亥の日に無病息災を祈って食べる餅のことです。もともと民間の習慣だったものを、宇多天皇の御代(887-897)に宮中に取り入れられたとされています。『源氏物語』には形や味の記述はなく、平安時代から鎌倉時代にかけての史料によると、その形は猪の子をかたどっており(『年中行事秘抄』)、原材料は、大豆、小豆、大角豆(ささげ)、胡麻、栗、柿、糖(あめ)の七種類の粉を使う(『二中歴』)とあります。

時代とともに変化する「亥の子餅」

鎌倉時代以降、宮中では赤・白・黒の小餅が主流となり、小さな臼と杵で餅を搗いたほか、贈り物として銀杏や紅葉、菊の花などを添えて紙で包むようになりました。また、民間では収穫祭と結びついて餡餅として作られたり、猪が火除けの神様のお使いであることから、茶道で炉開きのために用意されたりと、さまざまに変化していきました。現在では餡入りの餅菓子として多くの和菓子店が販売しています。
紫式部が生きた時代、砂糖を使用した甘い菓子はまだありませんでした。現在の亥の子餅を紫式部が味わったら、甘くて美味しいことにびっくりするのではないでしょうか。

※この連載を元にした書籍 『和菓子を愛した人たち』山川出版社・1,800円(+税)が刊行されました。是非ご一読くださいませ。(2017年6月2日)

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