種田山頭火と草餅
漂泊の俳人
種田山頭火(たねださんとうか・1882~1940)は、山口県防府出身の俳人です。10代から俳句に親しみ、20代後半より「山頭火」を名乗って、外国文学の翻訳、評論などの文芸活動を開始しました。30代になって以降は本格的に俳句をはじめ、実力が認められて俳句誌の選者の一人になるものの、経営していた酒造場の倒産や、父弟の死などに見舞われ、大正14年(1925)に出家。西日本を中心とした行乞(ぎょうこつ)の旅をしながら、五七五にこだわらない自由律による句作を生涯続けました。
「肉体に酒、心に句、酒は肉体の句で、句は心の酒だ」(昭和5年(1930)12月5日・行)と日記に記すほど酒を好んだことで知られる山頭火ですが、同じく好物だったといえるのが餅です。「此頃の私は酒を貰ふよりも、銭を貰ふよりも、餅を貰ふことがうれしい」(昭和10年2月3日・其)と綴っています。
今回は山頭火が書き残した日記※から、餅の中でもとりわけ登場回数の多い、草餅の記述に注目してみましょう。
草餅の魅力
50代になった山頭火の、昭和8年3月21日の日記を見ると、草餅が食べたいと書いたその日のうちに口にしています。また翌週28日にも、お土産に「お節句の蓬餅」を貰い、早速焼いて食べ、おいしかったという感想を残しています(其)。「お節句」と言われてもあまりピンとこないかもしれませんが、この日は旧暦の上巳の節句。もともとは身を清める日で、香りの強さが邪気を祓うと信じられた母子草(ははこぐさ・春の七草のゴギョウ)や、蓬を使った草餅を食べる風習がありました。
また、昭和13年3月14日には、「安宿の気安さ。めしやでめしを食べ、酒屋で酒を飲み、餅屋で餅を味はつた(草餅の魅力である)。」と書き、その2日後にも草餅を食べています(其)。
自ら積極的に買い求めるだけでなく、友人たちも山頭火好みの手土産として選んでおり、彼にとって草餅はどのような存在だったのか気になりますが、句作にそのヒントがありそうです。
「草餅のふるさとの香をいたゞく」(昭和7年4月4日・其)
「旅は何となく草餅見ればたべたくなつてたべ」
「よばれる草餅の香もふるさとにちかく」(以上2首、昭和8年7月5日・行)
旅に暮らす山頭火でしたが、草餅の香りで故郷の記憶を呼び起こしたり、人々のぬくもりを思い出したりしていたのかもしれませんね。
※『其中日記』および『行乞記』。本文中は引用末尾に(行)、(其)と略号を記した。
※連載「歴史上の人物と和菓子」を元にした書籍 『和菓子を愛した人たち』(山川出版社、2017年)が刊行されております。そちらも是非ご一読くださいませ。
参考文献
『新編山頭火全集 第3巻』、『新編山頭火全集 第4巻』、『新編山頭火全集 第5巻』春陽堂書店、2021年
『新編山頭火全集 第7巻』春陽堂書店、2022年
山頭火ふるさと館ホームページ (https://hofu-santoka.jp/)
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