この展示は終了しました

第69回 「歴史上の人物と和菓子」展

展示開催期間:2007.11.01~2007.11.30

織田信長がポルトガル人から贈られた金平糖に角はなかった?!日本の歴史を彩った人々はどのような菓子を食べていたのでしょう。歴史上の人物と菓子の関わりについてエピソードを交えてご紹介します。

清少納言とかき氷

冷凍庫のない平安時代にかき氷?
平安時代の才媛、清少納言は『枕草子』の中で、甘葛(あまずら※)がけのかき氷の上品な美しさをたたえています。当時の氷は、冬より夏にかけて氷室(ひむろ)に貯えられた貴重品。もちろん一般庶民には手の届かない貴族たちだけの食べ物でした。
※ツタの樹液を煮詰めた高級な甘味料とされる。

道元と饅頭

箸で饅頭を食べる
鎌倉時代、曹洞宗を伝えた道元禅師は厳しい修行で知られた人物ですが、彼の言行を伝える『正法眼蔵(しょうぼうげんぞう)』には、饅頭の食べ方が記されています。器に饅頭を盛って汁を添え、箸を使うのが正式でした。現在のような甘い小豆餡は入っていなかったと考えられています。

信長と金平糖

角のない”Confeito(コンフェイト)”
織田信長に謁見した宣教師ルイス=フロイスはポルトガルの砂糖菓子”Confeito”を贈りました。金平糖の原形となる砂糖菓子で、砂糖を輸入に頼った当時は大変な貴重品でした。現在の金平糖とは違って角はなくデコボコしていたと考えられます。

黄門様と福寿饅頭

誕生日のお祝いにオリジナル饅頭
水戸黄門こと徳川光圀は、友人中院通茂(なかのいんみちしげ)の古稀のお祝いに、年齢の70 歳にひっかけて重さ70 匁(もんめ)(約260 グラム)の大饅頭を100 個贈りました。饅頭の上には紅で「福寿」というおめでたい文字が記され、光圀が友人を思いやる気持ちが伝わってきます。

徳川家定と饅頭・カステラ

将軍様は甘いもの好き
来年の大河ドラマ「篤姫(あつひめ)」は薩摩藩島津家の分家から、13 代将軍徳川家定の夫人となった天璋院(てんしょういん)が主人公です。家定はことのほか甘い物好きでした。江戸城内で採れたさつま芋やかぼちゃの煮物や饅頭、カステラを楽しんでいます。ひょっとするとお手製だったのかもしれません。

展示品

菓子類…歴史上の人物にかかわる菓子の復元ほか 約30点
資料類…人物肖像パネルや関係資料、古文書ほか

開催にあたって

手指消毒用アルコールを設置しております。
会場内混雑の場合、少しお待ちいただく場合がありますのでご了承ください。

著作権について

虎屋のウェブサイト上に掲載しております内容(上記の記事内の文章を含みます)に関する著作権その他の権利は虎屋が有しており、無断に複製等行いますと著作権法違反等になります。当ウェブサイトに関する著作権等については、以下のページをご覧下さい。

著作権について