土屋政直と菓子
参考:貞享4年(1687)、宮中での御能の折に、土屋政直が京都所司代として献上した「にしき餅」「さくら餅」「あやめ」の絵図(元禄8年(1695)「御菓子之畫圖」より)
老中 土屋相模守
土屋政直(つちやまさなお・1641~1722)は、常陸国(茨城県)土浦藩主で、土屋相模守と呼ばれています。家督を継いでから、江戸城中における武家の礼式を管理する奏者番(そうしゃばん)の職に就いたことから、儀式や典礼、献上などの贈答に関しての知識を自ずと深めていったものと思われます。
貞享4年(1687)から享保3年(1718)の実に30年、徳川綱吉、家宣、家継、吉宗の4代の将軍に老中として仕えました。ちなみに在任中の元禄15年(1702)には有名な赤穂浪士の吉良義央邸討ち入りの事件が起こっています。77歳の高齢を理由に老中を辞退しましたが、吉宗から長年の功績を讃えられ、隠居後も変わらぬ待遇を受けました。
虎屋には、政直が駿河国(静岡県)田中藩主で京都所司代の職にあった時代や、老中に就任し、国替えで土浦に戻った頃の注文記録が複数残っています。貞享4年(1687)6月26日、宮中での御能の折に注文のあった「にしき餅」や「さくら餅」「あやめ」などの菓子は、元禄8年(1695)の菓子見本帳でその意匠がわかります。
茶人としての一面
政直は茶人でもあり、小堀遠州に私淑(ししゅく)していました。政直の実父で先代の数直(かずなお)が遠州の弟子であり、遠州にまつわる道具が身近にあったことが政直の美意識の根源となったのでしょう。土屋家が所蔵した茶道具目録、いわゆる「土屋蔵帳」を見ると、遠州の美意識によって選ばれた名品、「中興名物(ちゅうこうめいぶつ)」※が多く含まれています。
残念ながら残された茶会記が8会のみと少なく、茶人としての政直を捉えることは難しいのですが、茶会記の道具組を見ても、遠州に関わる道具類が極めて多いことがわかります。
懐石・菓子についての記述は3会あり、そのうち2会の茶菓子に、遠州流に特有の「水くり」が出されていることが注目されます。享保4年11月11日、三畳台目の席での「こま餅」「しいたけ」、染付鉢に「水くり」。同年12月12日、長四畳の席での「をいらん餅」「岩たけ」、砧鉢に「水くり」です。水くりとは栗を剝いて、巴などの形に細工し、水につけたもの。遠州流では懐石の後、菓子と一緒に口清めのために出されるもので、遠州以降の武家茶道で好んで使われるようになりました。政直の遠州への傾倒は、道具のみならず、菓子にも見られると言えるでしょう。
※松平治郷(不昧)編纂の『古今名物類聚』に初出の用語。中興名物の銘は古歌にちなむものが見られる。
*連載「歴史上の人物と和菓子」を元にした書籍『和菓子を愛した人たち』(山川出版社、2017年)が刊行されております。そちらも是非ご一読くださいませ。
参考文献
図録『土屋家の茶の湯 ―土屋蔵帳と大名家の茶―』土浦市立博物館 1992年
熊倉功夫編『茶人と茶の湯の研究』思文閣出版 2004年
茶の湯文化学会編『講座 日本茶の湯全史』第2巻 近世 思文閣出版 2014年
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